大判例

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仙台家庭裁判所 昭和56年(家)538号 審判

国籍 朝鮮 住所 仙台市

申立人 朴恵子

国籍 朝鮮 住所 横浜市

相手方 安寅吉

国籍及び住所 申立人に同じ

事件本人 安井邯永 外一名

主文

事件本人安井邯永、同安井成永の親権者を

いずれも相手方から申立人に変更する。

理由

一  申立

申立人は、主文同旨の審判を求め、その理由として、

申立人と相手方は、昭和四六年二月二日、その間の子である事件本人らの親権者を申立人と定めて協議離婚し、申立人は引続き事件本人らの監護養育をなしてきたところ、昭和五一年九月一四日日本人水島建司と婚姻し事件本人らと共に肩書住所において生活しているものの、申立人並びに相手方が朝鮮国籍であるため事件本人らの親権者は協議離婚届出のさいの各親権者の指定の合意や監護の実態とは関りなく相手方とされ、それがため事件本人らの監護、教育上差し障りが生じているので、事件本人らの親権者をいずれも相手方から申立人に変更することを求める。

と述べる。

二  当裁判所の認定

本件記録添付の各出生届写、離婚届写、婚姻届謄本、各外国人登録原票写、横浜市鶴見区長の回答書、筆頭者水島武司の戸籍謄本、仙台家庭裁判所調査官○○○○、横浜家庭裁判所調査官○○○○の各調査報告書、当庁昭和五四年(家イ)第一三七号親子関係存在確認調停事件記録に被審人朴恵子、同安井邯永の各審問の結果を総合すれば、つぎの事実が認められる。

1  申立人は、外国人登録上国籍を朝鮮とするも本国での住所又は居所は朝鮮慶尚南道○○郡○○面○○里(本籍地として戸籍の登載あり)とし宮城県○○郡○○村において韓国国籍者を父母として生れた女性であり、相手方は外国人登録上国籍は朝鮮、本国での住所又は居所を朝鮮慶尚南道○○郡○○面○○里×××番地、(昭和五二年現在においては釜山直轄市内)とし、日本国内において朝鮮人父母から生れた男性であり、事件本人らはいずれも申立人、相手方間の婚姻中の子であり、それぞれ外国人登録上国籍は朝鮮、国籍の属する国における住所又は居所は朝鮮慶尚南道○○郡○○面○○里×××番地とするものである。しかし、各人とも北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国、以下朝鮮と略称する。)あるいは南朝鮮(大韓民国、以下韓国と略称する。)で生活したことは全くない。

申立人は、父母の居住地たる宮城県仙台市で同市立小・中学校を卒え、同市立高校二年次に茨城県朝鮮中高等学校に入学し、同校を卒業して朝鮮民族学級教員となり、東京朝鮮第○初等学校在勤中、在日朝鮮人総連合会(以下総連と略称する。)に所属し、同会に勤務する相手方と知り合つて一九六四年(昭和三九年)九月二四日婚姻し、一九六五年(昭和四〇年)二月一〇日茨城県日立市において事件本人安井邯永の、一九六七年(昭和四二年)三月一六日神奈川県川崎市において事件本人安井成永の各出生をみるに至つた。

2  ところが申立人は、昭和四五年二月、当時相手方がその収入が不安定で家計は双方の生家の援助に頼る状況にあつたにもかかわらず申立人の就労を制約し、出張と称して行き先も明かさず数ヶ月も家庭を留守にすることが多く、一方、申立人は、外出の都度総連関係者から外出先を質されたりしたため、その生活が監視されているかのような感を深め、また、相手方より事あるにつけ申立人は思想の確立が不足との批判されることが重なつた結果、相手方及び総連関係者との生活に耐え難くなり、事件本人らを伴つて相手方の許を去り、仙台市の母方へ身を寄せた。

3  その後申立人と相手方は、約一年に亘り離婚を話し合い、その旨合意したのであるが、この間、申立人は一貫して事件本人らの監護養育を主張し、相手方はその点については反対することもなく、双方ともその間の子の親権者の決定が本国法に依ることに考え及ばぬまま事件本人らの親権者の指定は当然父母の協議によつて決定し得るとして申立人を各親権者と指定したうえ、昭和四六年二月二日、仙台市長に対し協議離婚届出をなして離婚した。

4  その後申立人は、生家の旅館業の手伝い、百科辞典の訪問販売、保険外交員などをしながら事件本人らを養育し、その間、昭和四七年五月、埼玉県岩槻市出身の水島建司と知り合つて事実上の婚姻をし、事件本人らとともに同人と生活するところとなり、同五一年九月一四日、右水島との婚姻届出と同時に事件本人らと水島建司の各養子縁組届出をなした。その結果、事件本人らは、昭和五二年七月八日、外国人登録における続柄はいずれも水島建司養子、通称はそれぞれ水島邯永、水島成永と訂正されるに至つた。

しかし、そのころ申立人と事件本人らが我が国への帰化申請をなしたところ、仙台法務局より事件本人らの帰化申請に対し相手方の同意書を添付することを求められ、その理由は事件本人らが朝鮮国籍の父の子であり、父の本国法たる韓国民法に依り事件本人らの親権者は父たる相手方に限られるためと知らされ、先に受理された水島建司との各養子縁組の効力をも否定されるに至つた。

そこで申立人は、相手方に対し右各帰化申請に関する同意を求めたが、相手方は事件本人らの親権者が自らであるとは思いもよらなかつたものの帰化申請そのものが在日朝鮮人の民族性喪失につながり、自己の信念に反するとして同意を拒み、その考えは現在も変えていない。

5  事件本人らは幼くして父たる相手方と別れ、申立人やその母、あるいは水島建司によつて現実には監護、養育され、申立人や祖父母の通称である大山姓あるいは水島姓を称して日本社会に溶け込んだ生活をしてきており、朝鮮あるいは韓国へ帰住する意思は全くなく、帰属意識は極めて薄い。また相手方とは離別後全く交渉なく過ごしてきており、父としての親和感はない。むしろ、両名とも父として水島建司に強く親和し、その間柄は実の父子関係に優るとも劣らぬものがあり、同人との養子縁組を強く求めており、また我が国への帰化を望んでいる。

水島建司は、国立大学○学部を卒業し、同大学大学院在学中に申立人と知り合つて結婚し、大学院を中退して就職し、事件本人らとの生活を支えてきた。そして正式の婚姻をためらう申立人を説得して婚姻届をなし、事件本人らの監護、養育に積極的な態度で臨んでおり、現在はコンピユーター関係会社のプログラマー兼務の役員をしている。申立人は、主婦業の傍ら近隣のスーパーマーケツトでパートタイムで働き、夫婦の間は円満であり、その家庭は事件本人らの監護、養育に欠ける点はない。

相手方は、申立人と別居以後事件本人らと逢うこともなく過ごし、経済的援助をすることもなかつた。現在、同人は、総連神奈川県○○○支部委員として同支部で働き、朝鮮初級学校教員である妻と再婚し、同女との間に二児を儲け、一家は夫婦の収入で生活しているのであるが、相手方の収入は総連会員の会費によつて支弁される関係から依然不安定であり、長男は小児麻痺による下半身麻痺の障害を負う子であるため、その生活は必ずしも余裕あるものとはいえず、申立人と離婚するに際し、事件本人らの養育は経済的なものを含めて申立人が全責任を負うものとして引取つたものと考えてきた経過もあつて、事件本人らの親権が自らにあることを知らされた現在においても事件本人らと交渉を深めてゆくなどの養育についての積極的な意思は窺われない。

三  当裁判所の判断

本件当事者は全て朝鮮民族出身者であるが、いずれも我が国に住所を有するもので、本件はいずれも未成年者の監護その他福祉に関する事項であり、同種問題については国際私法上の原則では未成年者の住所地の裁判所に裁判管轄権があるとされているので、当裁判所は本件に関しいずれも管轄権を有する。

そこで、渉外的親子関係に関する準拠法は、法例二〇条により父の本国法に依るので父たる相手方の本国法を検討するに、朝鮮半島においては北緯三八度線を境とする北朝鮮、南朝鮮の分割がすでに一九四五年九月二日以降行なわれ、北朝鮮すなわち朝鮮民主主義人民共和国と南朝鮮すなわち大韓民国はそれぞれ独自の法秩序を持ち、いずれも朝鮮半島全域につきこれを正当に代表する政府たることを主張しているが、現実にはいわゆる三八度線停戦ラインを境としてその北、南の各区域を統治していることは顕著な事実であり、この状態は二つの国が並存しているものとみなさざるを得ない。そして両国はそれぞれの国籍法を有するため同一人につき二重国籍の問題が生ずるがその解決方法として法例二七条一項本文の規定によることは専ら本国における政治的変動によつてもたらされた朝鮮人の二重国籍状態の解決には妥当しないのでこれに依ることなく一般原則による解決すなわち抵触する国籍によつて連結されている複数の国の法秩序のうちから住所、居所その他当事者と社会の関係の密接度を示す諸要素を併せ考慮し、属人法として適用すべき法秩序を選択するのが相当と考える。しかして本件においては、相手方は外国人登録上本国での住所又は居所として韓国の支配圏にある場所を登録するが、同所に居住した事実あるいは帰住する意思は窺知されず、かえつて右登録において国籍を朝鮮とし、積極的に在日朝鮮人民総連合会に所属し活動していることからすれば、相手方はこれを紐帯として同政府と結ばれ、したがつて同政府の支配圏内に行なわれる法規が相手方の本国法であると解すべきである。ただ、我が国は朝鮮を承認していないから準拠法として朝鮮の法律を適用することができるか否か問題はあるが、国際私法上適用の対象となる法律は、その法律関係の性質上、その法を制定施行している国家ないし政府に対して国際法上の承認をしているものに限られないと解すべきである。

かく解したうえで、本件においては先ず事件本人らの親権者が何人であるか検討を要するところ、離婚に関する朝鮮の法令には「男女平等権に関する法令」第五条一項が「婚姻生活において夫婦関係が困難で、夫婦関係をそれ以上継続することができない条件が生じた場合には、婦人は男子と同等の自由な離婚の権利を有する。」とし、同条三項において「母性として児童の養育費を以前の夫に要求しうる訴訟権を認め、離婚と児童養育に関する訴訟は、人民裁判所においてこれを処理するように規定する。」と規定するに止まり、離婚の場合における親権者の指定に関する明文の規定を欠き、さらに、同国「離婚事件審理に関する規定」第二〇条に「裁判所は離婚判決に際して子の養育問題を同時に解決しなければならない。」と定めてあるのみで、一九六五年三月八日同国内閣決定第二四号により協議離婚が廃止されていること(欧龍雲氏、朝鮮民主主義人民共和国および中華人民共和国の領域内に在籍する外国人と日本人との間の離婚の準拠法等に関する鑑定書、家庭裁判月報二二巻二号二〇五頁以下参照)からすれば、申立人と相手方の協議離婚は少くとも同国法に準拠して受理されたとは見なし得ず、我が国法務当局の平和条約発効後における朝鮮人又は台湾人間の協議離婚届出の受理に関する取扱(昭和二七年九月二四日民事甲第三二二号)、平和条約発効前婚姻した朝鮮人男と日本人女が協議離婚の届出に際し本国当該官憲の証明書を提出し得ない場合の取扱(外国人登録証明書による離婚要件の審査と受否決定、昭和二九年一二月一六日民事甲第二六四九号)等を勘案すれば、前示申立人と相手方の協議離婚届出の受理は、種々の法律構成が可能でいずれに依るか明らかでないが結論的には韓国民法を適用の上なされたと見ざるを得ず、またこれが違法といい得ない。そして、父母の離婚の場合における親権の帰属は離婚の効果として離婚の効力の準拠法によるとされるから、事件本人らの親権者は、右協議離婚届出受理の結果その時点で韓国民法により自動的に父である相手方に指定される結果となつている。

そこで進んで親権者の各変更について考えるに、親権の帰属とその変更とは関連する問題ではあるが各独立する問題である。本件はいずれも親権の指定があつた後におけるその変更の問題であり、右は親子間の法律関係として相手方の本国法すなわち朝鮮国法令によるべきであるが、前示のとおり朝鮮の前掲各法令には、裁判所が離婚判決に際して子の養育問題を同時に解決しなければならない旨定めるのみで、また同国憲法及び男女平等権に関する法令において、男女の平等を強く宣明していることからすれば、朝鮮においては、子に対する親の権利義務は離婚によつて左右されないものと考えられ、親権者として指定されない他方当事者の親権を根本的に変更するおそれのある親権者指定を行いうるか否か若干の疑問もなくはないが、他方、本件のように親権者の決定があつた後において当該親権者が子の監護、養育を放棄して顧みない場合についてまで両親の権利義務の平等の名の下に共同親権の形骸を復活、存続させるべきことを朝鮮の親子関係法が期待しているものとは解せられず、むしろ子の養育監護上適当な一方の親にこれを変更し子の養育監護に万全を期することこそこのような場合における最も適切かつ直截な措置として、右各規定の趣旨にそうものであると解する。そうだとすれば、前記認定の申立人と相手方の離婚の経過それ以後の事情の下では、事件本人らの親権の行使は申立人に委ねるのが相当である。

よつて事件本人らの親権者を相手方から申立人に変更することを求める本件各申立をいずれも認容し、主文のとおり審判する。

(家事審判官 井野場明子)

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